■ 歴史の裏に隠された一つのお話(前編) ■
「兄妹は結ばれないのよ…」
其の言葉は普通の人にとっては、ごく普通の…そう、ただの『常識』でしかない。
兄妹が結ばれないのは当然の事。結ばれる事、すなわち『禁忌』なのだから。
だが…一人の少女にとって其の言葉は何よりも辛かったのだった…。


「兄妹は結ばれない…か」
そんな言葉を呟きながら少女…ユリアはため息をついていた。
彼女にため息をつかせる理由は二つあった。
一つ目。先程の言葉とは関係無いのだが…今、彼女がいる場所である。
ここは解放軍制圧下にある場所ではなかった。
敵城…それもあの<大司教>マンフロイが居城『ヴェルトマー』なのである。
なんとゆうか…そう、さらわれたのだ。マンフロイに。
そうでなくては、わざわざこんなところにいるはずも無い。
とはいえ…彼女が今いるのは何故か牢屋ではなく客室…であった。
そう大きくも無いが不思議と清潔感の漂う部屋。ロプト教団の管理下の割には…であるが。
だからと言って心が安らぐわけでもない。なにしろここには、あのマンフロイがいるのだから。一つ目の理由はそんなところである。
そして二つ目の理由。少々過去にさかのぼるがこんな話である。

「兄妹は結ばれないのよ。諦めなさい」
ユグドラル大陸某所。そこで二人の少女が対峙していた。
一人は、ややクセ毛気味の金髪と少しばかりの意地悪さを兼ね備えた少女、ラナ。
そして、もう一人は…ラナに呼び出されてここへ来た少女…ユリア、である。
ちなみに先刻の科白はラナがユリアに向かって言ったものである。
事の起こりは数日前。ユリアがレヴィンからセリスとユリアが実は異父兄妹である事実を知らされた事であった。それだけなら、なんら問題は無かったのだが…。
困ったことにラナに其の話を聞かれてしまったのだ。
無論、事が事だけに人気(ひとけ)の無いところで話していたのだが…何故か聞かれてしまっていたのだ。恐るべし!ラナ!
「何の話?」
とりあえずユリアはとぼける事にした。どのみちユリアとセリスが兄妹である事は極秘事項であり、本当に限られた者しか知らない事。解放軍の中では自分とレヴィンぐらいのはずである。知っているのは。少なくともラナが知っているはずは無い…とユリアは判断したのだった。
「フ…とぼけても無駄よ。全部知ってるんだから。聴いたのよ。貴方達の会話を…ね」
ユリアの一言をあっさりと一蹴するラナ。
「…。だったら何だと言うの?兄妹なら好きになってはいけないと言うの?」
「…いけないの?ですって?世迷い事を…。兄を愛するなんて禁忌以外の何物でもないわ」
誰も「愛する」とまでは言ってはいないのだが…冷たく言い放つラナ。
其の言葉一つ一つがユリアの心を傷つける…。ラナは果たして、それをわかっているのだろうか…?
「でも…私は…」
何か言おうとしたが言葉が出て来なかった…。がくり…と地面に膝をつく、ユリア。
「セリス様にこれ以上迷惑をかけたくないのなら、諦めなさい…。あの方をもっと不幸にするだけよ。このままでは」
そんなユリアをあざ笑うかのようにラナはそう吐き捨てると、立ち去った。
あとにはユリアだけが残された。心をズタズタにされたユリアだけが。

これが二つ目の理由である(ちなみにこの出来事の数日後にユリアはさらわれた)
そんなわけで。ユリアはため息をついていたのだった。
先程と何度も同じ言葉を繰り返しながら。壊れた機械人形のように。
と、唐突に部屋のドアがノックされた…
「…誰?」
突然の訪問者に気分を悪くした…というわけでもないがやや不機嫌そうに言うユリア。
「私だが…。入っても良いか?」
「良いも何も…ここはあなたの城でしょう?」
どうやら、ノックの主はマンフロイのようである…。
「ユリア…。私の事が嫌いなのか?」
部屋に入るなりそんな事を口走るマンフロイ。とても『大司教』とは思えない発言である。
「好きか嫌いか…ときかれればもちろん、嫌いよ。わざわざそんな事を言いに来たの?」
冷淡にそう、言い放つユリア。マンフロイは随分と嫌われているようである。
「…。いや、そんな事を言いに来たわけではない。ここに連れてこられた理由は…わかっているか?」
「私が『ナーガ』を使えるから、邪魔になった。違う?」
あっさりと答えるユリア。
「ご名答。唯一ロプトウスに対抗できる『ナーガ』を使用できるお前は、正直目障りだ。
ユリウスからはお前を抹殺するように命令されている」
説明クサイ科白を淡々と述べるマンフロイ。この男の言う通りならば、ユリアは実の兄に殺されるように仕向けられた…という事になる。
「そう…。なら、早く殺して」
あっさりと。ただそれだけを言った。
実の兄が自分を殺そうとしている事に対する悲しみも、死ぬ事への恐怖もそこには無かった。
「ユリア…お前の力を持ってすれば私がお前をさらおうとした時、私を退ける事もできたはずだ。何故、それをしなかった?」
突然、今度は全く別な事を言い出すマンフロイ。
「私には…もう生きていく理由なんてないから…」
それが答え…とでも言うかのように。悲しげに呟くユリア。
「理由を…聞こうか。死ぬのはそれからでも遅くはあるまい?」
何を考えているのか。妙な事を口走るマンフロイ。いつものユリアなら、まちがいなく拒絶していただろう。だが…今のユリアにとって其の言葉は…。
「ここに来る少し前に…知ったの。私とセリス様が異父兄妹だ…って」
そう言うユリアの肩は震えていた。
(…泣いているのか?)
マンフロイは、そう思ったが何もいわずに静観した。
「好きな人が『兄』だったなんて…。もう私はどうしたらいいか分からない。その事がわかればセリス様は、私を以前のようには見てくれなくなる。そうでなくても私がいる事でセリス様に迷惑はかけられない…。そんな事実…耐えられない!」
「…だが、直接確かめたわけではあるまい?セリスの気持ちを」
いたって冷静にそう、呟くマンフロイ。
「…そんなの聞かなくたって…!」
激昂するユリア。普段の姿からは絶対に考えられないが。
「ラナに何を吹きこまれたか知らないが…確証も無いのにそう言う事は言わぬ事だ」
「!?」
突然出てきたラナの名に驚くユリア。
「そう、驚いた顔をするな。私が何も知らないとでも思ったか?ラナがセリスを好いていて、お前を敵視している事ぐらいは知っておるわ。で、どうする?」
「?」
わけがわからず頭に疑問符を浮かべるユリア。
「セリスの気持ちを確かめてみるか?方法が無いわけではない」
「…どう言う事?」
いぶかしげに聴くユリア。
「そのままの意味だ…。その気があるならついて来い…。何も死に急ぐ事は無いだろう?」






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