■ 歴史に隠された一つのお話(後編) ■ |
其の頃、セリス達は… 「どこに行ってしまったんだ…ユリア」 窓辺で黄昏る少年が一人。ちなみにセリスである。 数日前にユリアが居なくなってからというもの、ずっとこの調子なのだ。 仮にも解放軍のリーダーともあろう者が情けない限りである。 と、そんな時… 「セリス!朝、お前宛にこんなものが…」 そう言ってレヴィンが突然やって来た。 「何…?どうしたの…?」 「呆けている場合ではない!これを見ろ!」 そう言ってレヴィンは、一通の手紙を取り出した。そして、それをセリスに渡す。 セリスは其の手紙を読んで驚愕した…。ちなみに内容は… 『親愛なるセリス様へ ユリアを返して欲しければ、今日の日没までにヴェルトマー城まで独りで来られたし 来なければユリアの命は無いと思え』 であった。差出人は不明。あからさまに怪しい手紙である。が… 「…。レヴィン…」 「…行くのか?セリス。罠だぞ。これは」 そう。どう考えても「罠」であろう。誰が見ても一目瞭然である。が… 「そうだね。でも…行かないとユリアが…」 そう言って手紙を握りつぶすセリス。意識してしたのでは無く、無意識のうちに手に力が入ったのだろう。 「止めても無駄のようだな…。だが、これだけは忘れるな。お前は解放軍のリーダーだ。 お前にもしもの事があれば、軍全体の士気に悪影響がでる。必ず、無事に帰って来い」 「うん…。分かっているよ。ユリアを助け出し必ず無事に帰ってくるよ」 そう言うとセリスは駆けて行った…。 其の背を見送りながらレヴィンは思った (さて、どうしたものか…) ――――しばらくして ヴェルトマー目指して走るセリスの前に行く手を阻むように一人の少女が現れた。 「ラナ…」 セリスの前に立ちふさがったのは、ラナだった…。 「セリス様…。お話は聞きました。お気持ちは分かりますが、貴方がいかれる必要はありません。どうかお戻り下さい」 「どうして?何故止めるの?」 不思議そうに問うセリス。 「貴方は…解放軍のリーダーなんですよ?その貴方にもしもの事があればどうするのですか?別に貴方でなくても救出は可能です。たった一人の為に貴方が危険を負う事はありません!」 言っている事は正論ではある。だが、どうも私情が入っている感じがある。 「そうだね…。でもユリアをこのままにしてはおけないよ。だから…其処を退いて」 口調こそ柔らいものの、ややきつい調子で言うセリス。 「できませんっ!どうしてもというのなら私を斬ってからにして下さい!」 …こう言えばセリスが止まってくれると思ったのだろう。だが… 「わかった。それならば…」 そう言うとセリスは剣を鞘から抜いた。剣…といってもただの剣ではない。 伝説の武器が一つ<聖剣>「ティルフィング」…である。どうやらセリスも本気のようだ。 その剣の切っ先をラナへと向けて言う。 「ラナ。君があくまで其処を退かないというのなら…私は、たとえ君でも斬るっ!」 非情な宣告。俗な見方をすればセリスがラナよりユリアの方が大事だ…と言っているのに等しいのだから。 そう。ユリアを助けるためなら、ラナさえその手にかけようというのである。 「嘘…でしょう?こんな、こんな事が…」 「私は本気だよ。ラナ…」 追い討ちをかけるかのように静かに言い放つセリス。その一言を受けて…ラナは崩れ落ちた…。まるで…あの時のユリアのように。 その横を駆け抜けるセリス。ラナの横を通り過ぎる瞬間… 「ごめん…ラナ…」 とだけ呟いて。彼はヴェルトマー城へ向かったのだった。 ―――ヴェルトマー城・城門 そうして、セリスはとうとうヴェルトマー城に辿り着いた。 ここにユリアがいるはずである。 「ユリア…私が必ず…」 決意も新たにそんな事を呟いていると… 「ようこそお越し下さいました。セリス様…」 いきなりダークマージがセリスの前に姿を現した。 「私はここの案内係で名をミ…」 「…ユリアは何処だ?」 <ダークマージ>の言をさえぎり、聞くセリス。 「…せっかちな方ですな。これから、そのユリア様の居る所にご案内しようというのに」 あくまで、マイペースな<ダークマージ>。 「ユリアの居る所に?…どういうつもりだ?ユリアをさらったのはお前達だろう?」 訝しげに問うセリス。当然といえば当然の疑問ではある。 「左様でございます。ククク…こちらにも思惑がございましてな。まあ、ユリア様を助けたくば、黙って私について来てくださいまし」 そう言うとセリスに背を向けて、城の方へと歩き出す<ダークマージ>。 (無防備だな…背を向けている今なら斬れるか?) そんな事をふと考えるセリス。だが。<ダークマージ>の言う通りならば、そうした方がユリアを安全に救出できるかもしれない。言動は怪しい事この上ないが、ついて行った方がいいだろう。そんな事を考えつつ<ダークマージ>の後に付いて行くセリス。 この先に待ち受ける運命も知らないで… ―――ヴェルトマー城内部 まだ、昼間だと言うのに城内部は暗かった。別に窓が無いというわけでもないのに…だ。 まるで城主の性格でも反映しているかのようである。それはともかく。 いくつもの暗い廊下を歩き…<ダークマージ>は一つの大きな扉の前で足を止めた。 「こちらでございます。では、私はこれで…」 そう言い残し<ダークマージ>は去って行った…。そして。後にはセリスだけが残された。 「ここにユリアが…」 感慨深げに呟くセリス。 (この向こうに何が居ようと…私は絶対にユリアを救い出して見せる!) 静かに決意を固めながら。セリスはゆっくりと扉を開けた。 ギギギギ…。老朽化しているのか、きしんだ音を立てつつ扉は開いた…。 扉が開くのも、もどかしくセリスは部屋へと突入した。そこで彼を待っていたのは… 「よく来たな。解放軍リーダー、セリス!」 ユリアでは無く…痩せこけた体を黒いローブで包んだ老人…マンフロイだった。 「マンフロイ…。ユリアは何処だっ!」 「ククク…そう焦るな。すぐに会わせてやるよ。ユリア…来たまえ」 激昂するセリスを軽くいなし、ユリアを呼ぶマンフロイ。 呼ばれて、部屋の奥からユリアが出てくる。だが… 「ユリア!無事だったんだね!助けに…」 と。そこでセリスは気付いた。ユリアの様子がおかしい事に。 「ククク…気付いたか?ユリアには少々細工を施した。今のユリアは私の命令で動く『木偶』…だ」 穏やかではない事を言うマンフロイ。彼の言うことが事実ならば… 「ふむ…早速だがな。ユリアよ。そこの男を殺せ」セリスを指差し、非情な命令を下すマンフロイ。そして、ユリアは… 「ハイ…」 短くそう呟くとユリアは呪文詠唱を始めた。 「そんな…ユリア?」 「ソハケガレナキヒカリ…スベテノコンゲンニシテ…」 徐々に完成して行く呪文。自分が標的にされていると言うのに、ただ呆然とするセリス。 「オオイナルヒカリヨ!テキヲホロボセッ!」 詠唱終了。ユリアの魔道書から膨大な量の光が飛び出し…セリスを包み込む。 「ぐっ…」 直撃したもののティルフィングのおかげでダメージは大して食らわなかったが…このままではかなり危険である。 「ククク…どうする、セリス?ユリアを斬らねば殺されるぞ?まあ、私を倒せば洗脳は解けるがな…」 満足げに笑うマンフロイ。 「…お前を倒せば洗脳は解けるんだな?なら…」 セリスは、ユリアの傍らに立つマンフロイを斬ろうと一気に間合いを詰めた。 その距離、約五歩。その間合いを一瞬で詰めると、至近距離から斬撃を放った。 が。決して避けられないはずの一撃は虚しく空を裂いた…。 セリスの攻撃が届く前にマンフロイは空間を渡って逃げていたのだ。 「く…」 うめいて後退するセリス。もうこれで、打つ手は無くなってしまった…。 と、マンフロイの声が聞こえてくる… 『さあ、どうする、セリス?これでもうユリアの洗脳は解けぬぞ?おお、そうだ。良い事を教えてやろう。お前とユリアはな…父親こそ違えど兄妹なのだよ』 「!?」 自分とユリアの間には何かあると、薄々気付いていたセリスだったが…まさかユリアが自分の妹とは、思いもしていなかった。 マンフロイの言葉を否定したいが否定できない…そう、自分でも納得してしまっているからだ…。 『ククク…お前は既にユリアの気持ちは知っているな?血の繋がりがなければ問題はないが…兄妹となれば話は別だ。事が露見すればお前も無事ではすまなくなるぞ?』 「…」 セリスはただ、黙って聴いていた。 『だがな、案ずる事は無い。ここで始末してしまえば良いのだからな。そうすれば何も問題は起きない。何…来た時には既に殺されていた…とでもいえば誰も疑わんよ。ユリアも愛する兄の手で殺されて本望だろう…』 「そんな事…出来るわけがないっ!」 叫ぶセリスに対してマンフロイは冷静に告げる。 『おうおう…優しいな、セリス様は。妹は殺せぬか?ククク…ならば…お前が死ねッ! やれ、ユリア』 「ハイ…」 マンフロイの命令に従って呪文詠唱を始めるユリア。 対してセリスは… 「ユリア!正気に戻って!」 こう言う場合の定石ではあるが…ユリアに呼びかけた。 『ククク…無駄だよ。私を倒さん限り洗脳は解けぬ。いっそすっぱり斬ってしまってはいかがかな?何故、そうもためらうのだ?ユリアが妹だからか?』 「違う…。そんな理由じゃない!私は…」 いまだ呪文詠唱を続けるユリアを見ながら。セリスは答えた。 『では、何だというのだ?仲間は殺せないとでも言うのか?』 「私は…ユリアの事が好きだから。誰よりも。たとえ、兄妹であっても…私の気持ちに変わりは無い!」 ある意味『告白』のような事を叫ぶセリス。その言葉に迷いは無かった…。 『それは…「兄」としての「好き」ではないな?判っているのか!?兄妹で愛し合うなど禁忌以外の何物でもないのだぞ?』 「そんな事は言われるまでも無い!兄妹と関係だからといって…気持ちを変えるなんてできない!たとえ、誰も認めてくれなくても…ユリアと一緒なら、構わない!」 そうセリスが言った瞬間。ユリアの両目から涙が流れ落ちた…。 「アアアア…セリス…さ…ま…」 そして…崩れ落ちるユリア。 「ユリア!」 急いで駆け寄るセリス。見ると気を失ってはいるが、いつものユリアに戻っているようだった。 「正気に返ったか…」 と、唐突にマンフロイが姿を現した。 「マンフロイ…」 マンフロイを睨み付けるセリス。 「ククク…このまま生きて帰れると思うなよ。私を倒さない限り生きては帰れんぞ?」 ティルフィングの切っ先をマンフロイに向けるセリス。 「ククク…それで良い。来るがいい…」 そして…セリスはマンフロイに突撃した… |
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