■ 未完成交響曲第3番 ―英雄の条件― ■
――――バーハラ城・皇帝の私室
これまで歴代の皇帝たちが例にもれず使用してきた部屋…。
その主以外入る事は許されず、暗殺者達ですらそこにだけは進入を避けたと言う噂さえある。そんな部屋。
そこに…解放軍リーダーにして新たなこの部屋の主。セリスはいた。
本来ならばこなしてもこなしても終わらない執務に追われているはずなのだが…
彼はそんな執務とは無関係…とでも言うかのように一つの肖像画を見ていた。
画家の趣味だろうか。肖像画の人物の表情は憂いに満ちていた…
そして、くしくもセリスもまた…その肖像画にうつる人物と同じ表情を浮かべていた。
何が彼をそんな表情にさせているのだろうか?
「決して届かない想い…か」
ふと、そんな事を呟く。誰に語るわけでもなかったが…肖像画にうつる人物に話しかけているような感じはあった。
「君は…今何をしているんだろうな…そして、どう思っているんだろう…」
そんな事を呟き…セリスは苦笑した。そんな事を言って見たところで聞こえるはずも無い。
肖像画は所詮、肖像画だ。
(でも…戦いが終わってからまだ一言も話せていない…。話したい事はたくさんあるのに)
肖像画の人物もここ、バーハラにいた。しかし…彼は戦後未だに話せないでいた。
何故か…避けられている気がするのだ。そう思いたくは無いがどうもそんな気がする。
それゆえに彼は未だに話せていなかった…。悲しい事ではあるが。
「渡したい物も…あったんだけどな…」
最近随分独り言が増えてきたな…とか思いながらも言ってしまう。
そんな自分を感じてセリスはまた、苦笑した。
とはいえ苦笑したのはそれだけが理由ではなかった。
彼は肖像画から目を離し…おもむろに懐から銀色の腕輪を取り出した。
何の事は無い…ただの銀色の腕輪である。が…彼にとってこれは特別な意味を持っていた。
元々、これは二つで一つ…のもので同じ作りのものが二つのセットであった。
が…今彼が手に持っているのは2対のうちの一つ。もう片方はというと…
セリスの右腕につけられていた。特に魔力があるわけでもないのだがセリスのしている方の腕輪は鈍い光を放っていた。装飾品というのは付ける者を反映するとはいうが…。
ともかく。この腕輪…これを売った商人曰く
「何の変哲も無い腕輪だが…これを付けた二人は離れていてもお互いの心が通じるそうだ。
まあ…私は付けた事は無いからわからないがね」
…との事。まあ、その辺は付ける者の気持ちの問題なのだろうが。
セリスはその言が気に入り購入した…と言うわけである。肖像画の人物に片方をプレゼントするつもりで。
とはいえ…実はこれを買ったのはかなり前の話だったりするが。
それで未だに渡せていないのはどう言う事かというと。
セリスに渡す勇気がなかった…というわけではない。まあ、当たらずとも遠からずではあるが。
本来ならば買った直後に渡すはずだったのだが色々とアクシデントが発生し渡すタイミングを失ってしまったのだ。これは別にセリスの責任ではない。
言うなれば不幸な偶然…というか。特にセリスにプレゼントを渡させない為に仕組まれていたわけではないのだから(そんな事を仕組む奴もいないだろうが)
で…結局全てが終わってからにしよう…と思ったのまでは良かったのだが。
渡せないまま今に至る…と言うわけである。
解放軍リーダー、光の皇子…といえど所詮はただの人なのか。
渡せないプレゼントを前に苦悩する姿は可愛げすらあった。
「今日こそは…絶対に渡すっ!」
決然と告げるセリスだったが…実に其の決意は今日で25回目だったのだ…






[第1番 ―序章―][第2番 ―消えない想い―] / [第3番 ―英雄の条件―] /
[第4番 ―悲しい別れ―][第5番 ―終章―]
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