■ 未完成交響曲第2番 ―消えない想い― ■ |
――――バーハラ城・厨房 かつて多くの兵を擁し、城内にも皇帝をはじめとして多くの人々が住んでいたバーハラ城。 その厨房ともなれば言うまでも無くかなりの広さがあった。 多くの人々の為にコックは腕を振るい続けたのだろう… 調理器具はそれぞれ使用者の存在を主張していた。 …とはいえ。そんな厨房も今はすっかり寂れて今や見る影も無い。 城内に人がいなくなり料理を作る必要も無ければ、作るものもいなくなったのだから。 そんな寂れた厨房に一人の少女が佇んでいた。やや小さな鍋と共に。 自分にとって一番嫌な事は?と聞かれたら 「自分の所為で誰かが傷つく事」と答えるそんな少女。 やや癖毛気味ながら母親譲りの鮮やかな金色の髪。 誰かから贈られた物だろうか。胸には小さなペンダントが光っている。 …ラナ、である。本来ならば彼女もここにいるはずは無いのだが。 「全部落ちつくまでは私が食事くらい作ります!」 …と彼女にしては珍しく強く主張し「とりあえず7日間」と言う期限付でバーハラに留まる事になった。 彼女にもバーハラに留まりたい理由があったのだ。まだ、誰にも話してはいなかったが。 彼女が幼い頃から慕い続ける人物…其の人がここに居たから。 ワガママを承知で彼女はここに残ろうとした。ここを出れば…もう会う事も無いのだから。 最期の思い出に…と。 彼女は目の前でグツグツいい始めている鍋を見ながら…彼女は呟いた。 「セリス様…」 それが彼女の想い人の名であった…。解放軍リーダー…セリス。 決して届く事の無い相手。でも、彼女は想いを捨てられなかった…。 そして、現在に至る。この七日間…彼女は想いを整理しようとしてうまくいかなかった…。 だが。今日…ようやく決心がついた。セリスを想っているのが自分だけで無い事に気が付いたから。 「あの子なら…良いよね…。私は…相応しくないもの…」 とうとうゴトゴトいい始めた鍋を見ながら…否。何処か別の方向を見ながら…呟く。 自分自身に言い聞かせる様に。そう言えば諦めが付くとでも言うかのように。 ぎゅっ…と胸のペンダントを握るラナ。 不安な時にする彼女の癖である。こうすれば不安な気持ちが楽になる…というのがラナの言である。 だが…今日は違った。握り締めても不安は消えなかった。 それもそのはず。何故なら…そのペンダントを贈ったのはセリス其の人なのだから。 暫くして。視界が曇ってきた… 「あれ…私どうしたんだろ…こんな…」 慌てて目を袖でこするラナ。それを皮切りにしたかのように涙が流れてきた…。 ラナは何度も何度も袖でぬぐおうとしたが…涙は止まる事も無く…彼女の袖を濡らし続けた。 そして…彼女はただ泣き続けた。かろうじて声をあげる事だけは無かったが。 もはやゴボゴボと危険な音を立て始めている鍋であったがそれを止めるのはまだ先になりそうだった。 …ラナの胸元ではペンダントが悲しげな光を放っていた… |
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