■ 約束の絆 (前編) ■ |
イザーク城 2 階・スカサハの私室―― 「もうすぐ…かな」 窓から外を見ながら、スカサハは不安げに呟いた。 特に窓の外に何があるというわけでもない。 景色はいつもと何ら変わりなかった。 しかし、窓の外は彼にとっては何か重要な事らしい。 先程から窓の外を何度も見てはため息をもらし。 部屋の中を意味もなくウロウロしたり。 何と言うか…ひどく落ち着きがない。 普段の彼とて特に冷静…というわけでもないがここまで落ち着かないのも珍しい。 一体、彼をここまで変える原因とは何だろうか? …と、窓の外、ちょうど部屋の下辺りに人が現れた。薄紫の長い髪に透き通るような白い肌.どこか幻想的な美しさを持った少女。 その少女を視界に捉えた瞬間、彼は窓を開け叫んだ。 「イザークへようこそっ!待ってたよ…ユリア」 キィ…軋んだ音を立てて扉が開き、スカサハが現れる。 「わざわざ来させてしまった上に、こんな所から入る事になってごめん…」 「気にしないで。無理を言ったのは私の方ですから…」 今、2人がいるのは城の裏門。互いの立場を考えると、あまり目立つのは好ましくないからだ。 バーハラの戦いが終結して3年。セリスと共に戦った者達はそれぞれの国に戻りそれぞれ自らの役目を果たしている。 ユリアとスカサハも例外ではなかった。ユリアは皇女としてバーハラに残り、スカサハはイザークへと帰った。 イザークとバーハラ…という距離もさる事ながら、お互いの立場の事もあり、そう簡単に会う事はできない。 最後に2人が会ったのは、1年前の公的な訪問の時だった。 とはいえ、数分しか話す事はできなかったのだが。 その後手紙でやり取りをしていくうちに、ユリアがイザークへ行くと言い出した。 それも公式な「訪問」ではなく、私的な「お出かけ」で…である。 つまり、護衛もなくユリア1人で…という事だ。 あまりにも危険なその申し出をスカサハは止めたが… 結果は…見ての通りである。 「とにかく無事に着いて良かった。道中…危なくなかった?」 「ええ…スカサハが心配していたような事はなかったですよ」 そう言って微笑するユリア。その笑顔に顔を赤くして目を逸らすスカサハ。 「そ…そう…な、なら良かった。へ、部屋に案内するよ」 やたらとギクシャクした調子で歩き出す。 先程の微笑が相当堪えたようだ。 (…途中で盗賊に何度か襲われたけど、ちゃんと対処できたし、言わなくても大丈夫よね) そんな事を思いながらユリアは後に続いた。 暫くして。 「ここ…だよ。もっと上等な部屋が用意できたら良かったんだけど…まぁ、入って」 スカサハが案内したのは、城の隅っこにあるやや小さな部屋だった。 簡素なベッドと小さなテーブルと椅子。 そして小さな窓とその近くに置かれた花瓶。 花瓶には、綺麗な花が生けられていた。 質素といえば質素ではあったが、ユリアはその部屋が気に入った。 どんな豪華な部屋よりも花が置いてある部屋の方が、ユリアは好きだったから。 そして、2人は部屋に入った。 椅子に座っては2人で座れないので、ユリアはベッドに腰掛けた。 対してスカサハはユリアに近過ぎるわけでもなく遠過ぎるわけでもない距離に立っていた。 話すには問題はないのだが… 「…座らないの?」 「え…あ、ああ…」 聞かれてしどろもどろになりながら椅子に座ろうとするスカサハだったが… 「…」 ユリアの視線を感じて止まる。スカサハはギギギ…と音でもしそうな調子でユリアの方に顔を向けた。 そして、ユリアと目が合ってしまう。その目は、「どうして私の近くに座らないの?」と訴えていた。 ユリアの座っているベッドはそんなに大きくない。 故、座るとお互い触れるか触れないか…という事になってしまう。 だから、スカサハはベッドに座るのを避けたのだ。 だが…結局、スカサハは緊張した面持ちでユリアの隣に腰掛けた。 ユリアの想いをむげにできるハズがなかったのだ。 かたや顔を真っ赤にして、かたや幸せそうな顔をして座る2人。 1年…ともなれば積もり過ぎて崩れそうなくらい話もあるものなのだが… お互い自分から口を開くタイプではなく、何も話さない。 そして、沈黙が部屋を満たす。 普通なら気まずい事この上ない状況だが、この2人にとってはそうではない。 2人が一緒にいて、同じ時間を共有できている事…それで充分なのだから。 しばらくして、ユリアが口を開いた。 「ねぇ…スカサハ。明日…時間ありますか?」 「明日?もちろんあるけど…何か?」 溜まり溜まった執務の数々が一瞬脳裏をよぎったが、スカサハはあっさりと無視した。 (後が怖いけどな…) イザークに代々受け継がれてきた(?)通称『おしおき棒』を携えて不敵に笑うラクチェの姿を思い浮かべて、スカサハは薄く苦笑した。 さすがにあれは怖い。 以前に1度だけ仕事をサボって遊びに行き、帰ってきたところでラクチェに捕まった時、彼は『おしおき棒』と出会った。 あの時の恐怖は未だに記憶に残っている。 『おしおき棒』により受けたダメージは、これまでの戦闘で受けたどれにも勝っていた。 それゆえに彼は、それから1度も仕事をサボらなかったし、サボろうとすら考えなかった。(というか、考えられなかった) だが。 今回はその恐怖よりユリアへの気持ちが上だった。 後でどうなろうともユリアと一緒にいたい。 彼はそう思ってしまった。 …そのおかげで彼は後日再び『おしおき棒』による恐怖を味わう事になるのだが、それはまた別の話である。 そんなスカサハの状況も未来も当然知らないユリアは、ぱあ…っと表情を輝かせた。 「本当ですか?それじゃあ…明日、城下町を案内してくれませんか?」 「ああ、もちろんOKだよ。朝から…で良いかな?」 「ええ、早いほうが良いですしね。朝にしましょう」 「よし…じゃあ、明日の朝、部屋に迎えに…」 言いかけたスカサハの口をほっそりとした人指し指が塞ぐ。 無論、ユリアの指であって、スカサハではない。 突然の事に焦るスカサハ。 何か言おうとするものの、口を開くとユリアの指を噛んでしまいそうで、スカサハはどうしたら良いかわからず、ユリアの行動を待つ事にした。 「こういう時は、普通、待ち合わせをするものです」 そう言って、ユリアはいたずらっぽく笑った。 その表情にどぎまぎしながら、こくこく…と人形のように頷くスカサハ。 つくづく…女性に免疫のない男である。 そんなスカサハに、さらに追い撃ちがかかった。 「場所はスカサハが決めてくださいね」 (え…?) その瞬間、スカサハは文字通り凍りついた。 (城下町を一緒に歩く…ってよく考えたらデートだよな。その待ち合わせ場所を決める…) 高速で回転する思考。 ともすれば、早すぎて空回りしそうな思考で必死に考える。 (デートの待ち合わせ…ううう…せ、責任重大じゃないか。ここでつまずいたら後もうまく行かないよな…) 先程とはまた違った理由でスカサハの顔は赤く染まり始めた。 その様子に、ユリアは自分が何かマズイ事を言ってしまったか心配になった。 「あの…スカサハ?私、何か…」 「…」 不安な表情のユリアの声も、今のスカサハには届かない。 思考の全ては待ち合わせ場所探し。その1点だけだった。 (どこか…どこかないか…ん?そうだっ!) 努力の甲斐あってか、彼はついに何か思いついたようだった。 「ユリア、ちょっと一緒に来て!」 「あ…スカサハ?」 突然、スカサハはユリアの手を取ると部屋を飛び出した。 廊下を走り…突き当たりの扉を開く。 その先にあるのは、綺麗に作られた小道。道の両側には少し小さめの樹が道に沿って植えられている。 「スカサハ…どこに行くの?」 期待半分、不安半分で問うユリアにスカサハは笑顔で答えた。 「この道の先にあるよっ!」 そう言って繋いでいた手を離し、走るスカサハ。 「あ…待ってっ!」 スカサハを追って走るユリア。 そうしてしばらく走った後、唐突にスカサハは足を止め、ユリアの方に向き直った。 それに合わせ、ユリアも足を止める。 「着いたよ。さあ…どうぞ」 そう言ってスカサハはユリアを招く。とてとて…とスカサハの方に近付き…ユリアは見た。 目の前に広がる花畑を。 「綺麗…」 ユリアは思わず、そう呟いた。 様々な花が咲き乱れるその場所は本当に綺麗だった。 「気に入って…もらえたかな?ここで…明日は待ち合わせしようかと思ったんだけど…あ、ここからでもちゃんと町には行けるから。 ちょっと遠回りになるけど」 「ええ…ここが良いです。すごく…良い所ですよね、ここは」 「そう言ってもらえると嬉しいね。ここは…イザークの人達が大事にしている場所だから。 ユリアは花が好きだって言ってたから…さ」 少し照れたように言うスカサハ。 「ありがとう、スカサハ。あ、そうだ…折角だから…」 「?」 「約束、しましょう」 そう言って小指を出してくる。 「え…えええっ!」 さっきはユリアの手を引いて走るくらいに積極的だったくせに、今度はまた逃げ腰になるスカサハ。 「嫌…ですか?」 そんなスカサハに悲しそうに問いかけるユリア。 当たり前だが…これに逆らえるスカサハではなかった。 かくして、ユリアの小指にスカサハの小指が絡まる。 そして… 「ゆーびきーりげんーんまん…」 「嘘ついたら…」 『針千本、飲―ますっ。指切ったっ!』 最後は2人で声を揃えて言う。 その後、夕方になって2人が城に戻るまで、その花畑は幸せな空気で包まれていた。 |
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