■ 追憶のレクイエム ■ |
王都バーハラ近くの花畑―――― そこに…ユリアはいた。ここは彼女の思い出の場所だった。 今はもういない…兄との。 昔はよく城を抜け出して、二人でここに来たものだった。 そして、帰る度にしかられて。兄に…かばわれて。 …そんな日々がずっと続くと思っていた。 だが…そんな日々はある日あっけなく終わりを迎えた。 数年前、ユリウスが「ロプトウス」と化した其の日から。 それから最後まで元の兄に戻る事は無かった…。 「どうして…こんな事に…」 ふと、そんな事を呟いてしまう。それが引き金になったのか…突然視界が曇ってくる。 「あれ…?どうして涙が…?もう、悲しくないはずなのに…」 そうは言うものの、後から後から涙は流れてくる。 其の涙をぬぐいもせず…ユリアはただ、涙を流し続けた。 声をあげる訳でもなく…ただ涙を流し続ける…。 そうすれば悲しみが消えるとでもいうかのように。 と。そんなユリアの背に声がかかった。 「ユリア…またここに来ていたのね」 驚いて振り返るユリア。そして慌てて涙を服の袖でぬぐう。 誰にも泣き顔は見られたくなかった。 もっとも、泣いていたのは目をみればすぐに分かってしまうのだが。 と、涙が消えて曇っていた視界が徐々にはっきりしてくる。 そこに立っていたのは… 「ラナ…。どうしてここに?」 内心の動揺を押し隠して訊くユリア。 「朝、姿を見なかったからもしかして…と思ってね。ユリウスの事を考えていたの?」 泣いていたのは気になったが、あえて気付かないふりをして答えるラナ。 「え…?ち、違う…そんなんじゃ…」 ユリアは、慌てて否定しようとして途中で止めた。 ラナの全てを見透かしたような、それでいて優しい瞳を見ていると隠そうとする気持ちは消えていた。 「はぁ…。ラナは何でもお見通し…ね」 力無く笑うユリア。 「そんな事はないわよ。ただ…まだあの戦いが終わって間も無いしそれに…」 「それに?」 怪訝そうに訊き返すユリア。 「あなたのユリウスを見る目は、敵になった兄を見る目では無かったから…」 「……」 沈黙するユリア。 「好き…だったんでしょう?ユリウスの事が。兄妹の「好き」…ではない「好き」で」 単刀直入というか何というか。いきなり…な物言いである。 「なな…何をいきなり…私は別にユリウスの事は…」 慌てて否定するユリアだったが…動揺して顔を真っ赤にしてしまっては否定してもムダ…というものである。 「そういうラナだってセリス様の事、好きなんでしょう?」 「ええ。そうよ」 約1秒。まさに即答…である。しかもやや微笑しながら。ある意味完璧(?)な動作である。 「ずるい…。どうしてそんなにあっさり言えるの?」 恨めしそうに言うユリア。ラナの方が一枚上手…といったところだろうか。 「ふふ…そんな表情(かお)しないでよ。それくらい動揺した方が可愛いわよ。それはともかく…」 微笑しつつ、そこまで言ったところで突然、真顔に戻るラナ。 「やっぱり…まだ気にしてる?ユリウスの事」 今までと同じ調子で…まるで明日の天気でも訊くような調子で問う、ラナ。 ザァ…と風が吹いた…。少しの間を置いて。ユリアは口を開いた。 「気にならないわけ…ないじゃない…私が…殺したのよ?あの人を…」 泣きそうな…だが泣くまではいかず、どこかで耐えている様な顔で。ユリアは言った。 そんなユリアを哀しそうに見ながら…ラナは… 「そう…よね…。でも…こうするしか方法は…」 「…こうするしかなかったの?本当に。あの人は…操られていただけだった。「ロプトウス」に。私は…助けたかった…元の優しい兄に戻って欲しかった…」 今まで抑えていた感情が溢れてきたのか…ユリアは饒舌だった。 「でも…結局…私には出来なかった…。ユリウスを元に戻せなかった…。私に力が無かったばっかりに…」 「自分を責めないで。彼がこれ以上罪を重ねる前にあなたは、彼を止める事が出来たのだから…ね。それはユリアだから出来た事だと思うし…彼もあなたに止められることを望んでいたと思うから」 …こんな事を言ったところで気休めにしかならないのは分かっていたが…ラナは言わずにはいられなかった。悲しんでいるユリアを見たくは無かったから。 だから…少しでも気持ちを楽にしてあげたかった… 「でもっ…それでもっ!」 本当に泣く一歩手前のボロボロな表情(かお)で。 必死で…泣くのをこらえて。そんなユリアにラナは… 「ユリア…泣きたい時は…泣いてもいいのよ?泣いた方が楽になる事もあるし…ね?」 そう言って、そっ…とユリアを抱きしめるラナ。そして…それで今まで耐えていたものが崩れたのだろうか。ユリアは暫く泣き続けた… ―――しばらくして 「ありがとう…ラナ。泣くだけ泣いたら、少し…気が楽になった…」 泣き腫らした目で力なく笑うユリア。 まだつらそうな感じではあるが、少しは元気になったようだ。 「そう…なら、良かった。あ、言い忘れてたのだけれど…ユリウスの死体、見つかってないのよ」 唐突にそんな事を口走るラナ。 「え?それってどう言う意味…?」 驚いて訊き返すユリア。 「あなたは、あの戦いの後気を失っていたから知らなくて当然だけど…あの時、バーハラ城上空でロプトウスが消滅していくのは確認できた。でも…」 「でも?」 「バーハラ城には気絶して倒れていたあなたと、焼け焦げた「ロプトウス」(魔道書)しかなかった…。ロプトウスと一緒に消滅したのかもしれないけど…ただ操られていただけならユリウスは…」 皆まで言わずとも言いたい事は伝わっただろう。つまりユリウスはもしかしたら… 「生きているかもしれない?」 半信半疑…といった感じで問うユリア。そんなユリアにラナは静かにうなづいてみせた。 それからしばらくして。ユリアは口を開いた。 「ラナ…私、ユリウスを捜しに行こうと思う。何年かかるか分からないけど…必ず見つけて見せる…」 瞳に静かな決意をたたえて言うユリア。 「…そう言うと思ったわ。本当はバーハラに残って欲しいのだけど…止めてもムダみたいだし。でも…これだけは約束して。必ず、また戻ってくる…と」 仕方ない…と言った感じでラナ。 「約束…絶対に帰ってきます」 そして二人はもう一度抱き合った… それから数年後。 ユリアは赤毛の男と共にバーハラに戻ってきたらしい… その数年の間に何があったのか。また、二人はその後どうなったのか… それはまた…別のお話。 (THE END) |
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